老衰について考える

雨。
夫は朝早くに出ていきました。
1週間に1回は必ず東京1泊2日。
最近は雨の日に出かけていくことが多い気がします。
もちろん偶然ですが、関東はこのあと雨が強まるようなので心配です。
まだあれから1週間しか経過していないのに。

秋になると温かいものが食べたくなります。
が、鍋には年々飽きが出てきてしまい、手詰まり。
鍋にもいろいろバリエーションがあるけれど、どれも飽きてしまった。
湯豆腐だけは毎年食べても飽きなくて、それって単にポン酢と豆腐が好きだからかも。
そろそろシチューの出番かな。
官財板食べたい。

わかりきっていることなのだけど、命あるもの、いつかはその命が尽きる日がやってきます。
朝のニュースで老衰死について触れられていたのを準備もせずにじっと眺めていました。
大切な人に見守られながら、徐々に衰弱していくのはとても幸せなことだろうなと思います。
ただ、自分が実際そういう状況になったわけではないので、
徐々に衰弱していく間、本当に苦しくないのだろうか、辛くはないのだろうか、
やはりそういった疑問はどうしても払拭できません。
これは人に限った話ではないので、ついつい老猫の雅さんのことを考えてしまいます。
彼女もかなり歳を取っているので、あと何年一緒に暮らせるかわかりません。
もしかしたら半年かもしれないし、1年かもしれない。
そう思っていたら明日だったり5年だったりするかもしれない。
腎不全を患っていることもあり、健康そのものではないけれど、
まだまだ食欲も旺盛で、暦さんに対しては自分が上位であることを
行動で示すくらいの威厳も持ち合わせていて、私は日々傷だらけといった状況。
もしも彼女が老衰で死ぬことになったとしたら、私はその状況をきちんと受け入れられるだろうか。
何日も何日も泣き続ける日々がくることは想定できるけれど、
少しずつ息がなくなっていく彼女を見届けてあげることはできるんだろうか。
考えても仕方のないことかもしれませんが、急に不安になりました。
もうそろそろ心の準備が必要なのかもしれません。

それではまた明日。