喪失感

雨のち曇り。
昨日はあんなにもいい天気だったのに。
雅の葬儀が昨日でよかった。
本当に美しい見事な秋晴れだった。

朝、夫が隣で泣いていました。
この1ヶ月半ほど、夫とは別々に寝ていました。
雅さんがどこで寝ても快適に眠れるようにしていました。
最後の2週間ほど、雅さんはずっと夫に寄り添って眠っていました。
夫の腕に顔を乗せ、幸せそうに寝ていました。
鼻詰まりがひどかったせいか、寝息も大きくて少ししんどそうでした。
でも時々その音がピタッと止んで静かになることがありました。
私も夫も雅さんの一挙手一投足に耳を澄ませ、気にかけながら暮らしていました。
けれどももう雅さんはいません。
寝息も聞こえてこなければ、トイレに入るあの音も聞こえません。
暦さんは1度寝たらなかなか起きないのでとても静かです。
家の中がとても静かで、今朝は雨の音しか聞こえてきませんでした。
夫は「静かなのが辛い、よく眠れることさえ辛い」そう言って泣きました。
夫にとっても雅の死はかなりのダメージだったようです。

この3か月、雅は洋室とベッドルームを行き来していました。
それ以外はトイレと水を飲みに移動するだけ。
だから静かといえば静かでした。
いや、彼女はそもそもほとんど鳴きませんでした。
悪さをすることもなければ、走り回ることもあまりありませんでした。
なのにどうしてにも静かに感じてしまうのだろう。
それに家がいつもよりも広く感じます。
なにも変わらないのに。
それだけ雅の存在は私たち夫婦にとってとても大きなものだったのだと思います。
胸にぽっかり穴が開いたような感覚というのはこういうものなんだ。
洋室に雅の寝床はありません。
かごの中に雅の姿はありません。
本当に淋しい。

しばらくブログの更新もやめようかと思いました。
けれども書くことで少しでも気持ちの整理が出来たら、そう思います。

それではまた明日。